ヤーコプ・フリードリヒ・フォン・アーベル (1751–1829)は、シュトゥットガルトのホーエ・カールスシューレで哲学を講じた。そこではシラーが彼の教え子の一人であり、1790年からはテュービンゲンで教えた。

ヘーゲルにとって彼は、授業の外で哲学に触れた最初の機会であった。アーベルはヘーゲルの両親の家で講演を行っていた。同時に彼はイルミナティのシュトゥットガルト支部を率いており、1783年以降は偽名ピュタゴラス・アブデリティスを名乗る議長であった——教育サークルと秘密結社は重なり合っていた。

若いヘーゲルがそこから何を吸収したかは確定できない。彼の日記は、ホプフ教授とアーベル教授が「われわれの会合を訪問によって光栄づけてくれた」と記すのみである。

Copyright © by hegel.net, Kai Froeb